| 資料館 対談「地域を見る目・・細やかに見る目」 日本の民俗学の第1人者「山崎禅友」先生と、国土交通副大臣の「岩井国臣」先生と島根の桜江町の日笠寺で対談していただきました。これからの大野川の活動のあり方を示唆していただき、特に「風土、文化をきめ細かに見る」ことの大切さを教わりました。 「大野川を知る」ことを、もっと速めなければなりません。 |
![]() 対談いただいった 山崎禅友先生と岩井國臣先生 |
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岩井國臣先生が河川環境管理財団の理事長をなさっておられ、これからの川づくりをどう進めていくか、多摩川をフィールドとして具体的に研究する会があり、私もその仲間に入れていただいていました。メンバーは、川のプロ、市民活動のプロばかりで、私は川のことは全く判らず、担当はパソコンやマルチメディアでした。幸いに、そこから川に引きずり込まれるわけですが、パソコン通信、インターネットをも交えて、川づくりのことを学び、大野川で実践しはじめ、今日に至っています。 その時に勉強させていただいた、イギリスのグランドワークトラストは、NPO法人河童倶楽部の大事なコンセプトとなっています。また、大野川の活動交流拠点、「河童小屋」は、「地域づくりは場所づくり、そしてそこで響き合うことが大切」と岩井先生から学んで建てたものです。九州にお越しの折は、時々小屋に来ていただき、私たち大野川流域の仲間に、川づくりのことをやさしく丁寧に教えていただいており、今日の大野川の活動が活き活きと続いているのは岩井先生のお陰だと言って過言ではありません。 島根県桜江町の日笠寺のご住職、山崎禅友先生とお会いできたのは、多摩川の研究会で岩井先生が山崎先生をお招きして、民俗学の講話をしていただいた時です。民俗学という言葉を聞いたのも始めてでしたが、その後の大野川へのアプローチに多大な影響を受けました。その時、山崎先生から、「緒方町には海の文化がある」と一言教えていただき、それが塩石(岩風呂)のことだと判るのに1年かかりました。大野郡緒方町の民俗学者、高野好吉さん(昭和61年没。享年86歳)の著書「緒方雑話」に出会ったのです。「塩石」の他に「大野川通舟考」の節があり、大野川の舟運の歴史にも興味を覚えました。そして僅か百二キロの大野川を旅する毎日がはじまりました。山崎禅友先生からいただいた水の文化誌「水104°」は、いつも手元にあります。また、私の本棚に「川の道」という本があります。宮本常一編集で、山崎禅友先生は「江の川」を執筆なさっています。なんと山崎先生が20代のころの本だそうです。 夢のような今回の両先生の対談を実現していただいた、島根県羽須美村の小田博之さんに出会ったのもそのころです。 この対談は、2004年5月15日、我聞塾の一環として、島根県桜江町の日笠寺(ご住職は山崎先生)で行われたものです。そして、11月に再び日笠寺に訪れた時、山崎先生から、「シリーズで対談を続けませんか」という有難いご提案をいただきました。「大野川から・・・」が続く限り、お願いしたいと思います。 NPO法人河童倶楽部事務局長 幸野敏治
地域を見る目・・細やかに見る目
この度、大野川で定期刊行物を年三回出すことになりました。川の活動や地域づくりについて、時間をかけて、丁寧に、哲学的に学ばせていただいた岩井國臣先生と、十年ほど前に、緒方町に海の文化(岩風呂)があることを教えていただいた山崎禅友先生と、こうやって軽率に対談をお願いしたわけですが、快くお引き受けて下さいまして本当に恐縮に思い、また、感謝申し上げます。 まず最初に山崎先生に、江の川の特徴をお聞きしたいのですが。
江の川のこと 山崎 江の川は生まれた郷里の川ですので、良く世間を知るまでは何でも無い川で、川というものはこういう川だという風にしか思っていませんでした。東京から昭和63年に帰って、桜江町から水の文化研究会というのをつくれということで、研究会をつくりました。それがきっかけで川を見る、水を見ることが、最初は私の真意ではなくて行政的、強制的に始まったんですね。 桜江町の広報に、月に一回、「水について」というテーマで書くようになったんです。四百字原稿用紙で七枚位ですか、それが百回位続いたんですが、テーマを持って川を、あるいは水を見るということを通して、水というのは、川というものは面白いと思うようになりました。ディティールがわかってくると、江の川の良さっていうのがまた別の意味で面白くなる。 江の川は中国太郎という美称がありますが、一方、バカ川、能ナシ川ともいいます。要するに大水害を起こす川で、河口へ行っても平野が全く無く役に立たない川なんです。私が生まれた昭和十八年は西日本が大水害にあった年で、特に江の川は未曾有というか何百年来の大水害でした。その後昭和四十七年にも大水害がに見舞われました。 全長が二百キロ位ある、日本で言えば十二、三番目だと思うんですが。西日本では一位が四万十川、二位が吉野川、僅か、一.二キロの差で江の川が三位です。その位の大きな川だと、大体大きな平野をつくるのが普通で、吉野川は池田の方から下流は段々開けてくる。四万十川の中村市は大した平野じゃないけれど、地形的には面白い川になっている。江の川の河口から今日の会場になっている日笠寺は、河口から十七キロ位ですかね。今座っている高さが大体海抜二十メートル位で、河床が六メートル位だと思います。海からそんなに遡っているわけではないけれども、深山幽谷の美しさもあるし、誰も海がすぐそばにあるとは思わないと思います。そういう川であるということは河口に平野が無いということですよね。もう粕淵辺りから大平野が広がっていてもいい、浜原ダムの辺りから大平野が広がっていてもいいわけです。河口一キロまで山があって平野が無い川って言うのは日本の中でも大変珍しい川であるわけです。大きな川で言えば紀伊半島の熊野川位でしょう。江の川よりもっと厳しい感じなんでしょうが、上流にも全く平野っていうか盆地もないわけなんです。 江の川の場合は上流の方に盆地があります。これは支流もほとんど同じです。河口の方に無くって山に登って行って海抜二百メートル、支流でいえば海抜に二百メートルを越えた辺りに石見高原が開けている。三次の方に行って、海抜百十メートル位だと思いますが、あの位のところからいわゆる平野が開けて、その奥にいってもむしろ河口、下流域よりも三角州、河口的平野じゃないけれども平野が多いんですね。庄原にしても吉田の方にしても大朝の方にしても千代田の方にしても空間が開けていますね。それが中国山脈の江川関門を北へ下っていくと途端に山岳地を蛇行して流れていくという川って、日本でも珍しいと思います。似ているといえば九州の球磨川じゃないかと思うんですよね。八代の平野が海だったら、あれは多分海が埋まって平野になったんでしょうけど、八代山脈と小さいダムが河口に近くにありますが、あそこから上の景観が似ているかも知れません。それで上流に行くと人吉盆地がある。球磨川は規模が小さいですよね。江の川はやっぱり規模が大きい。
規模が大きいということもありますし同時に川が蛇行して穿っている先行性の山がいい。これは日本でも五本の指に入る屈指の川だと思いますよ。特に丁度山桜が咲く4月から新緑の5月の末、竹の落ち葉の頃ですが、竹も緑になって全体が緑になる間までというのは、日本でも屈指だと思います。その屈指の景観を持っていながら、大きな川でありながら、平野がない為に人口密度があまり多くない、工場も無い、国道二六一号線もほとんど看板がない、国道九号線と比べれば実に美しい国道沿いだと思いますよ。この辺に住んでいる人は何とも思いませんけど、東京当たりから来て大朝の方に入ってこちらの方に来ると実に美しいと言うんですよ。看板が無いのがいいと言うんです。 山崎 看板が無いって言うのは、経済的に言えば、生産性が上がらない、交通機関も成り立たない、商売も出来ないような、そういう役に立たない台地が広がっている訳ですよ。しかしこれは、考え方によっては日本にこういう所が一つあっても良いと思うんです。島根県は全部を東京、関東だとか関西のような空間にする必要は何も無い。 僕はね、花札の役にあるように、ふけたら良いと思うんです。一度、農協の研修会で何か喋れって言われて「農業なんかやったこと無いから喋れない」と言うと、「何でも良い」って言うから、「じゃあ花札農業論やる」って言ったんです。十二ヶ月で松から始まって、植物が全部あるでしょ。それに月が出るか坊主が出るか鹿が出るかね、赤短青短があると同じ植物でも効果が高くなっていくんですよ。だから生産物を十二ヶ月単位で考えて、それにどういう付加価値をつけたらいいかをやってらどうですかと話したんですよ。で、それが嫌なら「ふけましょう」と。でも「ふける」というのは才能がいると。 幸野 これはけっこう難しいですね。 山崎 難しいでしょ。人がふけだすとふけさせないようにする訳だから。あいつはふけているなーと思うとふけさせないようにとみんな努力して、いい物をくれるようになる訳ですから。「ふける」って考えも悪いことは無い。しかしこれには知恵が要る。ぼーっとしてふけていたら駄目であって、ふけようと思わなきゃいけない。島根県の特に石見の国はふける空間があって良いじゃないか。作戦を練ってふけて良いじゃないか。大森銀山を世界遺産にするよりも江の川の三次から下流を世界遺産にしても良いような風景かと思いますよ。それを成り立たせているのが今で言う先行性の川で、経済的生産性の無い大地を流れているということにあるんです。 もう一つは大地の骨格がいいと思う。地質がいい。石見の国というだけあって岩盤がいい。例えば花崗岩の卓越しているいわゆるマサの土ね。ああいう痩せ地の所も緑が豊かなんですよ。植わっている植物の質が違う。山が重たい。やっぱり充実感というか、土地がギュッと締まって、重心が大地の底に向かってぎゅっと入っている感じがするんです。瀬戸内の山を見ると浅っぽい。同じ緑でもでも浅い。それと同時に江の川のこの下流域っていう三次からこっち側っていうのは、色んな岩質・地形・地質がミックスした状態なんですね。花崗岩もあれば安山岩もあれば流紋岩もある。岩盤を形成する地質がミックス状態にある。その上に立っている植物もミックス状態にあるわけですよ。 気候的にもミックス状態にあるところだと思うんですよ。北のようで南の様な感じがする。それは植物の南限・北限とかをみていると、大体島根県のこの辺で南限があったり北限があったりするんです。江川の流域もそういう意味で植生が複雑に絡み合っていて非常に植生が豊かです。それを細やかに見る目ですね。それがやっぱり必要だと思うんです。それを緑が美しいとか自然が豊かだとかいう大雑把な物の言い方を一番してはいけないと思うんです。これが今の自然を大切にしょうだとか緑を大切にしようとかいう言葉は悪くはないんですが、そういう言葉になると自然の細やかさを見る目を養っていないと思うんです。言っている人たちがね。 細やかに見る目 自然を大切にしようと言ったって、そういう人に限って、「あの木は何ですか」と聞かれたら、ケヤキとエノキの区別がつかない人がいっぱいいますよ。竹だって同じですよ。孟宗竹と真竹とハチクとね。そういうのを見ただけでパッパッパとわかる人は滅多にいないですよ。にもかかわらず自然を大切にしようとか言う人は当てにならんと思ってね。大体そういう人に限って「あの木何ていうの?」て聞くわけですよ。細やかさが足りない。植物に対して細やかな目でみることによって、名前も知る、植物の性格も知る。そのことを通して、江の川流域というのが美しく見える、すばらしく見える。 これは大野川でも同じかも知れん。どこでも同じかも知れんのだけれども、ただ自分達が常に接している空間について良く知っておかないと比較が出来ない。江の川と比べて大野川はこうだとか、常に自分の軸線を持って物を見る癖をつけたら面白くなってきていくんじゃないかなと思います。そういう意味で私は江の川って言うのは私は日本でも屈指の川だと思うんです。 岩井 私なんかも山好き自然好きですからしょっちゅうあちこちにちょこちょこ行くわけですけど、名前を知らない木が多い。昭和天皇は、「雑草という草は無いんですよ、皆それぞれ名前がある」と言っておられたのを何かで読んで覚えているんですが、先ほど石見の地質の話をされていたのですけれども、岩石、地質は色々ある訳ですが、そういうのをあまり知らないんですよ。大雑把に山を見て、川を見て、自然を見てる。今、細やかさと言われたけれど、本当にそういう細やかさが必要だと思いますよね。 山崎禅雄さんだからそういう物の見方ができる訳で、僕なんかとてもじゃないと思いますね。幸野さんだって出来るかといったら‥。やっぱりこれから大切なのは細やかに自然を見る目だけじゃないと思いますね。それぞれの地域に歴史があるでしょ。歴史だってそこの地域ごとに違うわけですよ。地域の伝統が、文化が自然が。それを何となしじゃなくて、きめ細やかに見る目を地域の人が養わないと、本当にその地域の良さというのがわからんのではないか。 そうはいっても自分一人で独学で勉強するって言うわけにはいかない。学校だけでそんなことを学べるわけは無いですよね。親から学ぶのか、友達から学ぶのか、どういうかたちで書いた書物から学ぶのか。今はテレビだとかビジュアルな時代になっているのでそういうものから学ぶのか、どういう学び方すればいいのかということが課題だと思います。その細やかさを感じることが出来るような目を持たないといかんのではないか、今、つくづく思っています。 地域づくりの哲学とか実践とか言うと大げさですが、地域づくりの哲学は何かということで私なりに勉強してきました。哲学といえば、やっぱり日本の哲学は西田哲学と田辺哲学です。その系統が脈々と繋がっているんですね。西田幾多郎の場所の論理って言うのがありましたよね。それは今は中村雄二郎さんのリズム論になっているのではないかと思うんですけれども、私の言葉で言えば、「響き合い」なんです。その地域の自然、山や川を見て、何か響き合うものがあるはずです。ただ、どこまで細やかさがあるかといったら全く自信が無いんですが。響き合い、これは大きく言えば宇宙との響き合いみたいなことかもわかりませんけれど、江の川にはどうもそれがあるのではないかと、なんとなしですが感じますね。いろんなところに行ってみて、あまり響かない所もあるよね。 江の川は、ものすごく滝が多いそうですね。僕はほとんど知りませんがね。山崎さんはほとんどの滝をご覧になっているんじゃないでしょうか。 山崎 うーん。だからそういうのもひっくるめて江の川っていうのは確かにすごいところじゃないんでしょうか。そういう目で見ていけばね。 問題はねぇ、そのそれは直感でわかるわけなんですよね。今、岩井先生がおっしゃったように、響き合うことでだいたいのことがわかる。ただそこで終わちゃあいけないんですよ。だいたいそこで終わるから三分で説明が終わっちゃう。 普通はいいんです。普通はいいんだけども、例えば幸野さんのような方は3分で説明が終わっちゃあもう駄目なんです。つまり感情的な表現のみで、いいなーとか美しいなーとか、これは我が家の猫でもやる訳ですよ。つまりそれでは玄人じゃない。何故なんだと聞かれたときに説明する素材を隠しておかなきゃいけないんですよ。それが蓄積なんです。それを隠すには勉強をしなければならない。勉強しないで出来るわけじゃないですよ。絶対に。 平成元年ぐらいの時にはまだ好景気というかバブルのピークに入ろうというような時期で、いろんな工事が行なわれていました。一方で自然を大切にしようというグループもおりましたけれども、やあコンクリートを積んではいかんとか言うんだけれども、私もそりゃあ好きじゃないよ、好きじゃないけれどもそれは一般論なんだよ。 しかし現実にコンクリート化されているのを見た時に、こんなのは自然を破壊して駄目だなんて嫌気をさしちゃあ勉強にはならんのですよ。せっかくチャンスじゃない。道路を削り岩盤・山肌を切って地質が露出しているわけですよ、こんなこと素人ができやせんですよ。大金をかけて工事をする人がみんな山を切ってくれているんだから。大地の構造を見せてくれる空間があるわけでしょ。それを見ない手はないでしょ。これを破壊していると言うふうに否定的に通り過ぎるのもいいが、せっかく山肌が切られて岩盤や、中の地質の構造が見えているんだから、これをチャンスに見てやろうと思えば勉強ができる。私なんか破壊されているところへ行けばうれしかったね。さらに写真を撮って地質を見る。そういうことを重ねていく。決してコンクリート詰めが良いと言っているんじゃないよ。現実にそうなっている世界をほっとく手はない。何億円もかけて山を削っているんだから、それを利用せん手はないですよ。私が言うのは自然を大切にとか言う人が地質を見ているかといったら見ちゃあおらん。国のお金を膨大に使って地質の勉強をさせてくれているようなものですよ。 幸野 大分でも場所がポッと浮かんできますね。 山崎 だからそういうチャンスに出くわした時に、嫌悪感を持つよりも先に、丁度いいや、地質を見てやろうかと、こういう気持ちがあれば大地が見えてくるんです。それを工事中だから危ないけれど、トンネルを掘って大地が大怪我をしておるけれども、私は内心は嬉しいんです。あっ、そうかと思うわけです。ここは花崗岩がちょっと入っているなとか、安山岩が陥入しているなとか、ここは何で昔から崩れやすいのかなとか。木が覆い尽くしているような所ではわからんのですよ。大地を切って掘削して、しかも国のお金を膨大に使って私たちに見せてくれてんだから、そのチャンスを逸する手はないと思うんです。 それともう一つ。今、自然番組が多いでしょ。風景を映す場面があるでしょ。その時、奇岩岩礁があるとか馬鹿なことを言っているんですよ。これは石灰岩で出来ているとか花崗岩で出来ているとかそこに言葉をつけろって言うんですよ。 そういうことを繰り返していくことによって岩質を見るチャンスっていうのが多くなるんです。花だとか動物だとかはかなり名前を言うようになった。まだ土について岩石について言わんのが多い。ここはどういう大地が出来ているだとか、だからこうだとか、そういう時にちょっと表現してくれることが積み重なってご覧なさい、ものすごく知識が増えてくるもの。テレビなんかで風景が出ますね。テレビを観ながら、ああここはどうゆう岩石だろうかとか探っていくんです。それでわかるのとわからんのがある。わかる場合は頭の中でチェックしていくわけですよ。そういう努力も必要なんですよ。自然を大切にと自然番組を一所懸命作るわだが、これ悪いこととは思わないけど、もう一つ説明能力が足らんと思うんです。これは意識しなきゃいけない。意識してそういうものも大切なんだ、大地を見る自然を見るには大切なんだという、そういう表現を意識していかないと。 岩井 木、樹木なんか名札をねぶら下げたりしているのがあるじゃないですか。草花なんかもちょっと挿して一般の人にもわかるようなそんな場所があるよね。その岩石、岩だとか石だとかにはやってないよね。 私もあまり知っているわけではないけれども、この中国山地のいろんなところを走っていると、面白い断層があったり、おもしろい岩があったりするんですよ。島根県で言えば仁田町でしたか、あそこには地質関係の博物館がありましたよね。いん石だとか化石だとか展示されている。なかなかレベルの高い博物館だと思うんです。是非一度いってみるといいですよ。 一方、処々方々には面白い岩石が露頭している所もいっぱいあるわけです。断層があったりとかね。そういうのをちょっと子供達にわかるように工夫できるといいね。 幸野 ええ、ちょっとした工夫で出来ますね。 山崎 それとね、もう一つはね、岩石がわかる為のポイントがあるんです。実は友達に地質学者がいて、十年間、月に一回、彼と日本中を旅していたんです。私は全く地質学を知らない素人で、彼は玄人なんです。それで一緒に旅をする時に、玄人に小学生のような質問をするんです。「この石はなんで軽いの」とか、「何で安山岩っていうの」とか、恥も外聞もなく陽気な質問をする。これは説明するのが難しいんです。そうすると、「アンデス山の安山だよ。アンデス山脈の主成分、岩石の構造の中心は安山岩なんで、アンデスをとって安山岩という名前がついたんだ」と、高校の地質学のようなことを教えてくれる訳です。「そーうね。安全な山だからじゃないのか」と冗談を言う。冗談をいうと覚えるんですね。 私が「この地域の花崗岩ならわかる。」と言ったら彼が言うんです。「花崗岩一つがわかりゃあ後はいいよ。」と。「これは花崗岩ではない石だということがわかることが大切だ」というんです。「それを石だというふうに思っちゃあいかん。これを花崗岩でない石だなあということが一つわかるだけでも大変なことなんだ」と。 多分大野川は阿蘇山の噴火で出来た地形だから、凝灰砂岩が多いんでしょ。 幸野 そうですね。僕なんか、奇岩とか溶岩という位しか言えないけど、玄人は、「あれは三期の噴火の溶岩だ」「四期だ」とか、色を見てわかるわけですね。 山崎 だから、そこがポイントなんです。これは砂岩だとか凝灰砂岩だとか一つわかるとそうでないということが、わかるわけですね。そうでないということがわかると、これはしめたもんでね、じゃあ何だろうと疑問が湧くと調べるようになるんですよ。それでだんだん増えていくわけですよ。花崗岩でない、これは蛇紋岩だとか、これは何とか岩だという風にね。 例の彼といる時は常に色んなことを聞くんです。東京の街を歩いていると、ビルに石が貼ってあるでしょ。それを見て、「この石は何」って聞くと、「山崎さんと歩くのはいやだ。」っていうんです。でも答えてくれる。「これはインドの花崗岩だ」と。東京のビルのほとんどの石は日本の石じゃないんですね。やっぱりプロはプロですよ。そうすると、面白くもなんともないような東京の街を歩いていても面白い。東京は自然の宝庫なんですよ。 幸野 大地を壊したのと同じですね。 山崎 そうそう。三越百貨店に行けば、あそこは化石の宝庫でしょ。アンモナイトがくっついていたりするわけだから。蛇紋岩を使うことが流行する時代とか、東京駅の屋根のように頁岩を使うのが流行する時代とか、そういうのを聞くと東京都も自然が溢れているんですよ。東京駅の頁岩は、パラッと剥げるとネームプレートが出来るようなような頁岩は、岩手県のものなんです。 岩井 物の見方なんだね。 山崎 前にも言ったように、プロに会ったときは陽気な質問をするに限るんです。その陽気な質問に対して陽気に答える人でなきゃ駄目なんです。これが出来ないプロは駄目なんです。専門の言葉じゃあ全然わからない。 岩井 わかりませんね。 山崎 だから比喩の出来る人が言い。表現力の豊かな人に話をすると「山崎君にはこれ以上教えても意味がない」ということがわかってくるんです。だからポイントだけ教えてくれる。 幸野 はい。 山崎 それで私は使い物になるわけですね。 岩井 山崎さんね、日本の文化ってのは自然に対する細やかな見る目っていうのを持っているんですね。宮沢賢治は地質学者ではなかったかもしれないけど、地質学者みたいなところがあって詳しいんですよ。岩石を通しての宇宙に対するその関心、その宇宙との響き合いみたいなものを彼は感じてたわけですね。岩石だとかそういうものに対する感じ方は、日本の文化のなかでどうだったんですかね。 山崎 うん。それはいろいろあると思います。 岩井 日本庭園っていうのはどんな庭だって、自然一つ作るにしても、いい加減な岩石をポッと置くんじゃなくて、相当選って、これっていう岩石を使ってますよね。 山崎 日本人っていうのは、細やかにならざるを得ないんですよ。 幸野 どうしてですか。
山崎 環境が。日本くらい、モザイクな世界はないと思うんです。植物にしても山の質にしても何もかもがモザイクなんです。単調じゃないんです。ここ江の川の 幸野 細やかにならざるを得なかった。 山崎 生活していくためにね。機能的に生活をしていくために非常に細やかにならざるを得なかった。細やかにならざるを得ない最大の理由は、暮らしを立てていくためにこの工夫をせざるを得ないということだと思うんです。 それが縄文時代から四千年位かかっているとすると、DNAの中に相当な情報が叩き込まれている訳です。だから自然を見るときでも意識的に科学的に見ているんじゃないんだけど、既に細やかに見る癖がついているんですよ。DNAとして。 私の家の猫でもそうです。単調なところに生きている猫は、やっぱり単調になっていると思うんですよ。家の猫でも複雑に生きていかないと生きていけないような環境にいると、複雑に物を見るようになる。今日でもこれだけの、多種多様なお客さんが来ていると、家の猫は混乱を起こしているわけです。あの人はどんな人だろうかと、彼でもやっぱり色々と考えているんです。 岩井 考えている。(笑) 山崎 やっぱり自然を見る、石を見る、川の水にしてもそうだが、生活を成り立たせる上で、そういう工夫をしないと生きていけないという構造になっているんですよ。だからモノトーンじゃないということですよ。 岩井 大野川の場合も当然、石の文化があると思いますよ。 幸野 そうですね、沢山ありますね。
岩井 広島だったら広島城の石垣をものすごく研究している人がいるし、この間 山崎 これまた放送局の悪口じゃないけれども、地域のインタビュー番組に二十前後の美しい若い女の子が出るじゃない。バカな質問する人が多いんですよ。「これがアユですか」とかね。バカバカしくなるんです。で、ある深み以上は言わん。なんでプロを質問者にたせんかってことを私は言うんですよ。いつか新聞社が家に来たんです。その時、江の川がどうとか言うから、取材をするとき、インタビューアーはプロにしなさいと。江の川専門か、プロでなければ勉強して質問せえって。これが投網ですかってバカなことを言うんじゃないぞって。知ってて聞くならいいんですよ。ほんとに知らない女の子が喋るわけだから。 岩井 そうですね。 山崎 やらせに近い感じで、ああいう番組が圧倒的に日本人の時間を費やしているわけです。だから美しい女性も必要なんだけれども、女性の悪口は言ってんじゃなく、テレビなりジャーナリズムは、見識を持つ必要があると思うんです。民俗学の取材の時、一番の問題はどういう質問をするかっていうことですよ。質問者が悪ければやっぱり答えは出ない、その為には質問する時にはね、例えば石工さんの話を聞きたいとかいう時には、やっぱり石の勉強をある程度しといて、それで全然知らん振りをして聞くんですよ。そこの準備が出来ていない。宮本常一(注2)先生なんかの取材の仕方っていうのはそうなんです。話していると、聞いている方よりも質問している方が知識が多いもんだから、だんだん宮本先生の虜になっちゃってね、とうとう情報を宮本先生から聞くようになる訳です。 響き合い 岩井 地域づくりの原点っていうのは、地域を知るってことやね。地域の良さを知るってことで、様々なものと響き合えると思うんです。まず地域づくりをやるんだったら、地域の歴史や伝統や文化や自然の樹木・草花、それから今、地質や岩石の話をしている訳ですけど、そういう自然ですよね、地域の自然あるいは地形もあるかも知れませんけど、そういうものの他の地域との違い、どう違うのかを意識しながら勉強していく、学習していくことを小さい時からやらないといかんのやないか。 ある程度、物を細かに見る目を持っている人と持っていない人では、地域との響き合いの響き方が違うと思いますね。だから地域づくりの原点は響き合いだと思っているんです。 地域づくりは、結局、場所づくりです。そうすると、西田幾多郎の「場所の論理」だとか、中村雄二郎の「リズム論」だとか、清水博の「場の思想」とかをそれなりに理解して、「場所」というものが持つリズム性というものを理解しておく必要があると思います。そういう観点から、私は、先に「劇場国家にっぽん」という小著を書きましたが、場所の持つリズム性、例えば、河童の棲む川づくりとか、天狗の棲む森づくりとか・・・、感性に訴えるキーワードとしてはそんな言い方がいいでしょう。もちろん、山崎禅雄さんが言われるように、「場所づくり」に関わる者は、きめの細かい感性と知識を持たなければなりません。きめの細かい感性と知識を持ちながらも、ものごとにこだわらない・・・・、私流に言えば、「流動的知性」によって、「場所づくり」をおこなう必要があります。その際、中沢新一が言うように、「スプリット」の働きを重視する必要があります。「スプリット」中の「スプリット」、すなわち「精霊の王」は、中沢新一によれば、能で演じられる「翁」です。魔多羅神(またらじん)や道祖神なども、まあ同じようなものです。そういうものの現れ出る「場所」というものを大事にしなければならないのではないでしょうか。
プロフィール
岩井 國臣 (いわい くにおみ)
【サイト紹介】
我聞塾の開催実績
(注2)宮本常一 |
