AND OR

    

 

大野川のこと           やさしい大野川の化学

大分大学教育学部環境福祉学科教授
NPO法人河童倶楽部理事
河童大楽楽長
川野 田實夫


 はじめに

 大野川は、流路延長107キロメートル、流域面積1460平方キロメートルで大分県内では一番大きな河川です。流域には大分県内に2市9町2村(平成17年4月の市町村合併で3市に)(
宮崎県1町、熊本県3町2村)があり、歴史文化も独特のものを育んできました。まさに大分の母なる川です。また汚濁に関わる水質調査では、平成15年度、国土交通省の「美しさランキング」で日本一になりました。
 河川水は地表水と、一旦地下に潜った地下水が再び地表に湧出した水とに涵養されています。そのため地表や地下の環境によってさまざまな元素が水に溶け込み特有の化学的水質を作ります。
 今回は大野川の本流と主な支流について、それぞれの河川水に溶けている化学成分の濃度や割合から、大野川の「素顔」をのぞいてみましょう。


荻町の谷底を流れる大野川

 1. 河川水に溶けているもの

 河川水の元はといえば雨水です。雨水の多くは海水が蒸発したものです。これが大気中を漂ったあげくに雲を作り雨になります。大気中には海水の飛沫が、それほど多くはありませんが、飛び交っています。これを風送塩と呼びます。ですから雨水には、少しですが、海水に含まれている成分が溶けているのです。海水の主な成分にはナトリウム(Na)やマグネシウム(Mg)それに、塩素(Cl)や硫酸基 (SO4)があります。

 また、森に降った雨は木々を伝わって山肌にしみ込みます。豊かな森林であれば山肌は腐葉土に覆われています。腐葉土は文字通り葉っぱが腐ったものです。これを腐らせるものはバクテリアなどの生き物です。生き物ですから呼吸をしています。呼吸というのは酸素を取り込んでゆっくり葉っぱなどの有機物を燃やしてエネルギーを得、二酸化炭素を出す作用のことです。ですから腐葉土の中には二酸化炭素が大気中の5?10倍も溶けています。ここに雨水がしみ込んでくれば、水は二酸化炭素を溶かし込んで炭酸水となります。炭酸水は岩石や土壌と比較的簡単に化学反応を起します。つまり炭酸水が岩や土を溶かすのです。これを化学的風化作用といいます。

 火山岩や堆積岩などの殆どの岩石はケイ酸(SiO2)を骨組みにして周りに金属元素の酸化物を肉付けしていると考えてよいと思います。ケイ酸に肉付けされている主な酸化物には酸化ナトリウム(Na2O)、酸化カリウム(K2O)、酸化カルシウム(CaO)そして酸化マグネシウム(MgO)などがあります。

炭酸水と岩石との反応で岩石のケイ酸骨格が壊され、水にケイ酸(SiO2)が溶け出ます。それとともに金属酸化物はそれぞれ陽イオンになって水に溶けるのです。ナトリウムはナトリウムイオン(Na+)に、カリウムはカリウムイオン(K+)にカルシウムはカルシウムイオン(Ca2+)に、そしてマグネシウムはマグネシウムイオン(Mg2+)になって溶け出ます。

 イオンとは電気を帯びた粒のことです。たとえばナトリウムイオンはナトリウムという原子の粒がプラス一価の電気を帯びていることになります。水は電気的に中性ですから陽イオンが水に溶け出せばそれに見合う陰イオン(マイナスイオン)を生じます。岩石の化学的風化の場合に生じる陰イオンは、炭酸水中の炭酸物質が変化した炭酸水素イオン(HCO3-)です。。

 以上をまとめてみますと、河川水に溶けている主なイオンは

陽イオン:ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン
     マグネシウムイオン

陰イオン:塩化物イオン(Cl-)、硫酸イオン(SO42-)、炭酸水素イオン

です。河川水にはこれらのイオン成分と岩石の主成分であるケイ酸が溶けています。ケイ酸は電気的には中性と考えて下さい。

 雨に溶けているイオンの総量は、私たちが豊後大野市三重町や大分市で観測した値をみますと 1リットル中に0.5? 5ミリグラムです。それに対して日本の河川水の場合1リットル中に50?200ミリグラム含まれていると報告されています。

 2. 白滝橋(大分市戸次)でみた大野川の特徴


白滝橋と大野川

 大野川の主な化学成分量や組成を世界や日本の河川水と比較してみます。 

白滝橋での化学成分総量は、降水量による流量変化で多少異なりますがおおよそ150ミリグラム/リットルです。日本河川の平均値は74.8ミリグラム/リットル、世界河川の平均値は120ミリグラム/リットルと報告されていますから、大野川は世界でも有数のミネラル成分に富む河川であると言えます。その成分の内訳をみてみますと、何と言ってもケイ酸と炭酸水素イオン濃度が高いのです。白滝橋のケイ酸濃度は50?60ミリグラム/リットルです。それに対して日本河川平均は26.0ミリグラム/リットル、世界河川平均は13.1ミリグラム/リットルです。一方炭酸水素イオン濃度は、白滝橋、日本河川平均、世界河川平均はそれぞれは、58、31、58.4各ミリグラム/リットルですから、炭酸水素イオン濃度は日本平均値の2倍、世界の5大大陸の河川水がもつ値に匹敵しています。

 大野川の特徴は岩石の化学的風化に伴うケイ酸と炭酸水素イオンを豊富に含んでいることです。これは流域の広い範囲に、阿蘇火山の噴火によって生じた阿蘇溶結凝灰岩が分布しているからです。この岩石は地質年代でみると大変新しく、二酸化炭素を含んだ水と接して容易に分解され、水に岩石からのミネラルを供給するのです。

  大阿蘇の 岩を磨いて 湧し水 大野の川は ミネラルゆたか 

 3. 主な支流の特徴

1)大野川上流、玉来川、緒方川

  
玉来川               緒方川(原尻)          竹田湧水(河宇田湧水)

 この三つの河川は流域の大部分の地質が阿蘇溶結凝灰岩です。溶存成分量は160ミリグラム/リットルを越えています。大野川と玉来川のケイ酸濃度は60ミリグラム/リットルを越えますが緒方川はほんの少しだけ玉来川下回り55ミリグラム/リットル前後です。これは大野川と玉来川の流域が全て阿蘇溶結凝灰岩の地質であるのに対して緒方川の上流・神原川流域は地質年代がやや古い第三期安山岩や流紋岩に覆われているからです。岩石が古くなると化学的風化を受けにくくなり、河川水に溶け出るケイ酸の量が少なくなります。この3河川に溶けている化学成分量と組成は「竹田名水」に近いものです。

  名水を 集めて流る 大野川 むべと言うべし 日の本一を

 2)稲葉川、濁渕川

 
稲葉川(竹田駅前)       濁淵川(竹田中学校付近)

 この二つの河川はくじゅう連山に源を発して大野川左岸に合流する河川です。くじゅう山は活火山で、地下水や温泉に火山発散物の硫化水素やイオウ化合物などが含まれています。そのためこの二つの河川水は硫酸イオン濃度が玉来川などより多く、上流部は酸性を呈します。ケイ酸濃度は玉来川や大野川とほとんど同じですが炭酸水素イオン濃度は玉来川などが60ミリグラム/リットル前後あるのに対して稲葉川のそれは40ミリグラム/リットルを少し越える程度で、大野川本川や玉来川を下回っています。これは火山に由来する酸性の水が炭酸水素イオンと化学反応を起して一部の炭酸水素イオンが二酸化炭素に変わって水中から逃げ出した結果と考えるのが妥当です。濁淵川もその傾向を示しています。地質的にはこの二つの河川は大野川で最も新しい年代の地質を流れる河川と言えます。

   稲葉川 火山の便り 携えて 訪れ来る 名水の里

 3)奥嶽川


奥嶽川(川上渓谷)

 この河川水は大野川水系の中で溶存成分総量が最も低く、その値は90ミリグラム/リットルそこそこです。ケイ酸濃度は22ミリグラム/リットル、炭酸水素イオン濃度は28ミリグラム/リットルで、それどれの濃度は大野川本川上流部の半分以下です。奥嶽川、下流部の地質は阿蘇溶結凝灰岩ですが源流域の地質は祖母・傾の安山岩、流紋岩です。またこの河川の支流・奥畑川の流域には古生層の地質もあり、化学的風化を受けにくい地質であるために河川水中のケイ酸濃度が低くなっているのです。また奥嶽川源流の近くと支流・九折川には昭和40年代中ごろまで採掘稼業していた鉱山があります。これらの廃坑からは今尚ヒ素やカドミウムなどの有害重金属を含む酸性の鉱内水が流れ出ています。これらの水は石灰で中和処理し重金属を沈殿除去していますが、硫酸イオンはそのまま河川水に流れ込みます。そのため奥嶽川の硫酸イオン濃度は稲葉川や濁淵川と同じように高くなっています。

 かつて奥嶽川はヒ素やカドミウムの公害で社会問題になったことがあります。酸性で鉱毒・有害重金属が流域の田畑を汚染したのです。しかしこの問題は奥嶽川流域にとどまり、合流後の大野川流域には波及しませんでした。これは大野川に多量に溶けている炭酸水素イオンが、奥嶽川の酸性の水を中和して有害重金属を水に溶けない沈殿に変えたからだと考えられます。

  大野川の水はおおらかです。少々の毒水が流れ込んできても騒がず中和処理をしてしまうのです。まさに「母親の大らかさでドラ息子を包み込み更生させる」そんな川でもあります。

  骨太で ふところ深き 大野川 毒水消して たゆとう 流る

 4)三重川、野津川、茜川

   
三重川               野津川         風連鍾乳洞            茜川(千歳町)

 この三つの河川の溶存成分総量は135ミリグラム/リットル前後を示し成分総量が似ているので並べました。しかしこの中で野津川の化学組成は他の二つと異なっています。ケイ酸濃度が低く炭酸水素イオンとカルシウムイオン濃度が高くなっているのです。これは野津川上流部に風連鍾乳洞に代表される石灰岩の地層・地質が存在するからです。石灰岩は炭酸カルシウム(CaCO3)です。この岩石も二酸化炭素を溶かした水によって化学的風化を受け、水中にカルシウムイオンを溶かし出し、それに見合う炭酸水素イオンを生じるのです。しかし石灰岩にはケイ酸が含まれていないので風化を受けても河川水中のケイ酸濃度は高くなりません。

 石灰岩は10億年以上前に栄えた海の生物の亡き骸が固まった岩石とも言えます。臼杵や津久見それに野津町などに分布している石灰岩は1?2億年前地殻変動によって陸に上がってきたものです。

  吉四六の 里より来る 野津川は 太古の海の香り忍ばす

 (5)柴北川


柴北川

 茜川より上流で大野川に合流する河川流域の地質はには必ず阿蘇溶結凝灰岩が存在しますが、柴北川流域にはそれがほとんどありません。そのため大野川本川と比べてケイ酸や炭酸水素イオン濃度が低く、前者は25ミリグラム/リットル前後、後者は50ミリグラム/リットル弱で、成分総量も100ミリグラム/リットルを少し上回る程度です。

 柴北川流域の地質は6億5千万年から7億年前、上部白亜紀のもので、大野川水系の中では古い地質です。何度も繰り返しになるりますが、古い岩石になればなるほど化学的風化を受けにくくなります。逆に言えば、古い岩石は干からびて、水に溶かそうとしても溶けるものが少なくなるのです。

   古き岩 溶け出すものの少なしを 聞いて悲しや 加齢の我身

 おわりに

 水質といえば飲める水か否か、ホタルや魚がたくさん棲めるような清らかさがあるか否か、が普通です。今回はこれらと直接関係のない、河川水中の化学成分の話でした。科学者もどきのたわごと・道楽と言われればそれまでですが、こんな切り口で大野川をみるのもまた一考かと、述べてみました。

  この記述に使った大野川の水質データはすべて大分大学川野研究室のものです。また、日本河川平均値、世界河川平均値等は、「地球のすがたと環境:多賀、那須、菅共著、三共出版、1999」から引用しました。